5月16日に掲載された救助隊の活動状況。
成都から都江堰までは平地であるが、その先は急に山岳地帯となる。
映秀から、先は遙かな道である。
まだ、パンダ研究所にも救助隊は届いていないようだ。
現在、このブログでは今年(2008年)の1月の起きた中国中南部の大寒波について書き始めたところだったが、四川大地震のニュースが飛び込んできた。多くの人命を失い、大変痛ましい結果となっているが、5月16日現在、まだ、進行中である。
震源地のブンセン県には現時点で救助隊が入り込んでいないところがたくさんある。私が2005年に行った地域もそうである。そのときの写真があるので紹介し、一刻も早く、被害者の方々が救われるように願いたい。
私の目的は2段目の地図にある大姑娘山(タークーニャン山)に登るためであった。この山は花が美しいところで有名で、日本人にも大変人気があるところである。したがってたくさんの人がこの地域に行っているはずである。
上の地図と下の地図を照らし合わせると現在(5月16日現在)救助隊が入っているのは映秀付近までで、まだ、この山地のほんの入り口であることが分かる。衛星電話で臥龍にあるパンダ研究所に問い合わせたところ、パンダは無事だとの報告があったそうだが、まだ、孤立したままのようである。
私は地図の右下から入って映秀を抜けて、谷川沿いをバスで上り、パンダ研究所で見学し、さらに奥へ行き、峠を越えて登山口である日隆に行った。
成都は四川省の省都三国志の舞台になった古い町だ。
この町では大きな被害は出ていない。
都江堰は2200年前の戦国時代に、秦国の蜀の太守、李氷とその息子が造った
水利施設である。それは世界遺産にも登録されており、街の名前にもなっている。
写真は李氷親子像。この街までは平地である。
都江堰はいくつかの学校が潰れるなどして大きな被害が出た。
手軽に乗れる三輪自転車タクシー(都江堰にて)
都江堰を過ぎると山岳地帯に入る。映秀の街は山岳地帯の入り口の街である。
その日の映秀の街は至って穏やかであった。現在、90%の建物が倒壊しているという。
5月16日現在、この街ですら道路が開通していないようだ。
活気のある映秀の街のようす








