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tadanooji

Author:tadanooji
忠野小路(ただのおじ);


会社ごっこ、先生ごっこ、政治ごっこ……。
「ごっこ遊び」が終わったら、誰だって [ただのおじさん」。
古い上着を脱ぎ捨てて、自分で歩こう第二の人生。
大きなことはできないけれど、世界のどこかを明るくしたり、ちょっぴり人を元気にしたり………。
そんなことができたらいいなあ。

ただのおじさんが好きな言葉……「思い立つ日が吉日」 「千里の道も一歩から」 「枯れ木も山のにぎわい」
 
まずは、中国で日本語教育ボランティア体験からどうぞ。


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このブログに時々登場する人
不屈の前畑さん
私に日本語教師の世界を紹介してくれた人。2006年6月30日の記事参照
小波さん
姓名は忠野小波(ただのおば)
我的愛人(あくまでも中国語)





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不屈の男 前畑さん

不屈の男、前畑さん


講演する原辰徳監督


講演する原辰徳監督


 




 


退職を間近に控えて、前畑さんから電話がかかってきた。前畑さんは私と同じ仕事をしていた先輩で、私より数年早く定年退職している。在職中、同じ会合に出る機会や一緒に飲む機会は多かったが、同じ職場で勤めたことはなかったし、特に親しいという間柄でもなかった。


しかし、彼については強い印象が残っていた。退職の3年前、彼は脳梗塞で倒れた。はじめは半身麻痺で職場再起を危ぶまれていた。しかし、みごと立ちなおって復帰したのだ。まだ、口元に少ししびれが残る状態ではあったが、初めて会議に出て来たときには本当に自分のことのように、うれしく思ったものだ。


後日談ではあるが、ちょうどそのころ、仕事関係で記念式典をする計画があり、その一環として巨人軍監督の原辰徳氏の講演会を開くことを決めていたのだ。職場の責任者である彼はテレビでしか見たことのない原辰徳氏を自ら宮崎のキャンプ地に訪れ、講演を依頼した。彼が倒れたのはうまい具合にその交渉が成立し、その準備が進んでいる最中の出来事だった。式典の時までにはぜひ治りたいという気持ちが快復を早めたのだという。もちろんその式典は大成功に終わった。この執念、それだけでも大したものだと思っていたが、話題はまだある。


彼は中国に生まれ、8歳まで中国で育った。引き揚げ港へ行く途中、錦州という町で迷子になったという。混雑の中で30分間ほどではあったが、完全に親の手を離れてしまった。無事に再会できたからよかったものの、ちょっと間違っていれば残留孤児として中国をさまよっていただろう、という。今も、当時住んでいた中国の街の様子を覚えているそうだ。それだけに中国を第2のふるさととしてこよなく愛している。彼が中国の歴史、地理、文学に詳しいのはそのためであろう。彼はまた、中国人もびっくりの書道家であり、囲碁についても達人である。


私たちの仕事関係では退職する前に後輩たちに向かってスピーチをするのを恒例としている。彼はその時に退職後実現したい夢について話した。それは中国で日本語教師になるということであった。私も密かに韓国へ行きたいと思い、準備を始めていたのだが、一度脳梗塞で倒れた人が、明るい希望を持って夢を実現させようという姿に、力づけられたものだった。しかし、残念なことに彼は健康上の理由で書類審査ではねられてしまい、実現できなかったのだ。現実は厳しかった。


ところが、1年以上経ったある日、彼は上海で日本語教師をしているという噂を聞いた。信じられないようなことだが、健康上の問題を解決し、1年前の同じ審査に見事合格することができたのである。そして一度上海で日本語教師を経験したあとは、中国政府労働局の担当者と直接交渉するるようになった。そして、中国各地で何度も日本語教師をし、今や日本語教師のベテランとして活躍している。私は更に彼の強い意志と実行力に恐れ入った。


ところで、私自信の退職前のスピーチでは「今までの古い上着を脱ぎ捨てて、忠野小路(ただのおじ)と名前を変えて新たな人生を歩きます。」と宣言した。「その手始めに9月頃から韓国に住む予定だ。」とも言った。また、「不屈の男、前畑さんのように第二の人生を主体的に力強く生きたい。」と言ったことも憶えている。


不屈の男,前畑さんから突然の電話があったのは、たしか、2月の下旬のことだった。




このブログの中で、中国の日本語研修センターで中国人研修生に日本語を教えるボランティアを募集します。募集の要項等は順次公開していきますので、興味のある方は毎日チェックしておいてください。


  

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滄州へ行くまで | 16:12:54 | Trackback(0) | Comments(0)
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