あるにはあったが、サトザクラ
パッと咲いてパッと散るソメイヨシノではなかったけど、
大変きれいな桜でした
「桜ある派」の李君と「桜ない派」の王君、そして「ゲンコツ楽しみ派」の私とそれぞれの思いを持って、奥へ奥へと進んでいった。
そして、キャンパスの北の端の建物の角を回ったとき「桜ある派」の李君が「先生、あれです。」と指さした。見ると、そこにあったのは今は盛りと咲き誇るサトザクラ(八重桜、ボタン桜)だった。
私は、パッと咲いてパッと散るソメイヨシノのことをイメージしていたので、思わず、「えっ!」と叫んでしまった。
そして、二人はそれぞれ「あれは桜です。」「あれは桜ではありません。」「あれは桜ですか。」「あれは桜ではありませんか。」とまるで教科書の復習をするように、第1課の文型を使って私に問いかけるのである。
私は「わかった、分かった。あれは桜ですが、桜ではありません。」とわけのわからないこと言ってみたが、自分でもおかしくなった。 そもそも日本の桜の定義をはっきりさせていなかったのがもとで、「桜ある派」と「桜ない派」ができたのだ。
そこで、「君たちはどちらも正しい。」と言って、約束通り二人の頭をなでなでしてやった。
そして、「間違ったのは私だ。」と言って、自分の頭を自分の手でできるだけ痛そうな音がするように、そして、できるだけ痛くないように、ゲンコツでコツンとやって、日本の桜のようにパッと散ったのだった。
聊城大学に桜があるのかという問題について、結論が出たので道を隔てた東キャンパスに行くことにした。「ちょっと遠いので、バスで行きます。」と、言う。隣なのに、と思ったが運河と川を渡り、更に東キャンパスの真ん中の門まで行くにはかなり遠かった。門から内部に直線で通じる道路は4車線の立派なものだ。まだ、個人で車を持っているという状況ではないので、ガランとしているが、数年後ここに来たらおそらく車だらけとなっていることだろう。
キャンパスには池があったり人工滝があったり、西のキャンパスより更に広い。池の向こうに見えるのはホテルだそうだ。キャンパス内には3つのホテルがあって、このホテルが一番高級なのだそうだ。「一般の人も泊まれるのか。」と、聞いたら手続きをすれば泊まれるそうだ。
そういえば、今回、聊城に来るときに北京で泊まったホテルは労働省のホテルだった。中国は広いから、お役所や学校もホテルを持っていて、出張で来た人を泊めるようになっているのだろう。
学内の自動車教習所
特に目的があるわけではないが東キャンパスを奥へ奥へと歩いていった。「あれが、私が勉強した建物です。」と、情報工学を学んだ王君が教えてくれた。立派な建物だ。
そして、「あれはなんだか分かりますか。」と、聞いた。何の変哲もないところを指さすので、まず、「あれ」がどれだか分からなかった。そしたら、「あの車ですよ。」という。「あれは日本車でもないね。何だろう。」と、答えると、「自動車教習所です。」と、言う。
よく見ると、車はバックしている。そして、バックするときの目印になるようなものも設置してある。バックで車庫入れの練習をしているもようだ。
ここには自動車教習所があり、希望する学生たちは卒業までに免許を取ることができるのだそうだ。教習料は3万円ぐらい。だいたい、普通の人の給料の2ヶ月分ぐらいだそうだ。そういえば、日本も教習料はそのくらいぐらいなのだろうか???。
バックの練習施設は学内の道路のすぐ脇だったが、練習コースは別にあるのだろう。まさか、学内の道路をぐるぐる回るわけではあるまい。
学生の姿が、チラホラ………
出てくるわ 出てくるわ………
みんな食堂に向かうのだ
二人は、口をそろえてこの大学には67000人の学生がいるという。それは中国の詩人がよくやる大げさな表現か、私からゲンコツをもらうきっかけを作らないように口裏を合わせたのか、と思っていた。ほとんど学生の姿を見ないので、6700人の間違いだろうとも、思った。
学内を随分歩いたので、もう、11時を回っていた。そろそろ帰ろうかと、同じ道を引き返し始めた。すると、こちらにやってくる学生の姿が、チラホラ見え始めた。おやおや、と思って見ているとその姿が、どんどん増える。あっという間に道路中、学生で埋まった。
学生たちは全員学内の寮に住んでいる。今日は日曜日で、a朝寝坊を楽しみ、ゆっくりとしていたのだろう。手に水筒やポット、また、洗面器や簡易椅子を持っている学生もいる。この近くに3つの学生食堂があって、思い思いの食堂へ移動中なのだ。
これを見て、67000人も、まんざら嘘ではないのかもしれない、と、思った。
ところが日本に帰って、インターネットで聊城大学の紹介記事を見ていたら、学生数は18000人、そのほか聴講生等10000人と書いてあった。
残念、もう少し突っ込んで、「ゲンコツ、なでなで」の指切りげんまんをしておけばよかった。
道路まで、人がいっぱい。こうなりゃ、もう、怖いものはなし。
デパート前では客寄せのファッションショーも

この宣伝カーはもとの形をとどめないほどの改造車
視野が狭く、運転できそうもないが………
プラカード宣伝隊も登場!
人件費が安いのでアルバイトは何人でもOK!
労働節と言えば、メーデーのことだ。中国では5月1日のメーデー日を皮切りに1週間の休みとなる。実際はその1週間に「教師の日」とか、「婦人の日」とかあるのだそうだが、やはり、メーデーがメインだろう。
中国は労働者中心の国だから、5月1日のメーデーの日には政府による大々的な式典やパレードなど、公的な行事があるものと思っていた。市の中心部に位置するので、そんなものも見られるかもしれないと、期待していた。ところが、そういうものはいっさいなかった。
単なる商売のための休みとしか見えなかった。季候もよくなり、人々は街へ街へと出かけてくる。そこを逃すまいと、商戦華やかに街は賑わうのである。
考えてみれば、日本も同じ。ゴールデンウィークには憲法記念日やこどもの日など、意義のある記念日があるが、人々は陽気に浮かれて、街へ野へと、お金を使いに出かけるばかりだ。
入場口はごった返している
研修生にとって5月1日からの1週間の休みはない。ただ、5月1日だけが休みとなり、会社から近郊の遊園地(姜堤楽園)に連れて行ってもらった。研修生たちは毎日朝から晩まで、缶詰で勉強するので、ほとんど、外出していない。今日ばかりは公認の遊びの日である。
郊外に位置する遊園地は連休の初日であり、当然人でごった返している。と、いいながら、園内は結構広いので、さほど気にならない。中国風の庭園をメインにした木陰のある公園で落ち着くこともできる。遊具もちょっと昔の日本の遊園地で見られたようなものが多く、なつかしい雰囲気だ。
乗馬は大人にも人気
園内でこれが一番大きな有料遊具
ゴーカートは一番人気。長蛇の列だ。
このハンモックはただ。
回旋ブランコは、若者たちが興じていた。.
これも無料だが、管理人はいなくて、子どもが近寄ると危険。
遊園地内には日本と似たようないくつかの遊具がある。ただし、日本のテーマパークにあるような大がかりなものはない。いずれも、子供用だ。
有料のものは10元ぐらいで、大変高い気がする。なにしろ、5元で、十分においしい食事ができるところである。だから、日本円で言うと、10元は800円〜1500円ぐらいだと思われる。ちなみに、わたしたちの普段の昼食弁当は4元なのだ。
滄州にいた頃、日本語訓練センターの食堂で食べていたが、食堂の食事は1食1元で、1日3元で済んでいたくらいだ。
それでも、親たちは一人だけの子どものために高いお金を払って乗せている。
つり下げ式の回旋飛行機タイプ1。日本ではもう見かけない。
持ち上げ式の回旋飛行機タイプ2。安全だがおもしろくない。
上の写真はこの遊園地で見かけた2種類の回旋飛行機である。日本ではタイプ1のつり下げ式はほとんど見かけなくなった。おそらく、安全基準に合わなくて、今は作っていないのだと思う。
小さい頃、我が町唯一のデパートの屋上の隅っこにタイプ1の回旋飛行機があった。回り始めると、遠心力でふわっと広がり、機体が斜めに傾く。屋上の隅っこにあるのがミソで、まるで、デパートの屋上からはみ出すように飛ぶ。大人は乗れないので親と別れて乗る。子どもながらにハラハラドキドキの時間であった。
このデパートの6階食堂で、食事をし、屋上の飛行機に乗る。これが当時の子どもたちにとって最高の贅沢のコースであった。
私にはたった一度の体験だったが、「俺は飛行機に乗ったことがある。」というのが、そのころの子どもたちの自慢話の一つとなっていた。
かごを沈めておく
金魚すくいの道具は1メートルぐらいの細い棒の先に1メートルぐらいの糸を結びつけてある。そして糸の先には直径8センチぐらいの網かごをつけ、かごの中には小石が入れてある。
そのかごをそっと底に沈め、金魚がその上を通るとき、一気に上げるのだ。
日本の金魚すくいはテクニックが大事で、何十匹もすくう人がいるそうだが、私にはとても無理だ。1匹もすくったことがない。1匹もすくったことがないからやらない。やらないからすくえないのエンドレスだ。
ここの金魚すくいなら私にもできそうだ。でも、日本の金魚すくいのようなハラハラ感はない。慎重にやれば誰でもできそうだが一定時間内に何匹とったかを競うようだ。そうだとしたら、ある程度のテクニックが要りそうだ。
すくった金魚を持って帰ることもないようだ。
研修生に日本の金魚すくいについて話した。絵に描いて話すが、なかなか実感はわかないようだ。 いつも「教室にプロジェクターがあればいいなあ」と思う。インターネットで取り入れた画像や動画を見せることができるからだ。
日本の文化や風習を教えることも私の重要な役目なのだ。ここでは言えば買ってくれるとは思うけどちょっと気がひける。使うのは私だけだろうから。
研修生には、日本に行ってパチンコは絶対してはいけない、と、言っているが、金魚すくいぐらいは楽しませてもいいのではないかと思う。
躊躇する子どもをお母さんが呼んでいる。

入ろうか、止めとこうか。こちらも人気。
研修生はお金がないから入らない。
中国風お化けのオンパレード
園内にお化け屋敷が2つあった。もちろん日本の幽霊とは違うお化けだ。入り口にキョンシーのような看板や、人の首をのこぎりで切っている絵もあった。中の様子を写したかったが、さすがに気がひけた。
中の様子を写しているブログを見つけたので、それを紹介しておこう。
ここhttp://portal.nifty.com/koneta05/03/02/02/index.htm
を、クリック。
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立派な猫の像が迎えてくれた
広い金網の中にはニワトリがいる。上の方にはクジャクのしっぽも
見える。実はよく見ると、猫もいるのだけど………。
あっ、いたいた。猫は干からびた池で、魚釣りをしていた。
大きな魚が釣れているところだ。
園内に猫園というのがあった。いろいろな猫をいっぱい飼っているのだろうと、思った。
珍しいことに入館無料だ。入り口に立派な猫の像があり無料のところをねらっている研修生たちとともに期待に胸ふくらませて入ってみた。ところが、猫はどこにも見あたらない。
室内には猫についてのパネルや猫が入っていたと思われる小さな檻などがあるので、かつては猫がいたのだろう。
外に出ると、大きな金網に囲まれた中にはニワトリが飼ってあった。猿山ならぬ猫山であったと思しき岩山にはクジャクが登っていて、鳥山となっている。猫はと言えば、乾いた池で、猫の像が魚釣りをしていた。
そういえばワンワン動物園など、犬を飼っているところはよく聞くけど、猫を集団で飼っているところは聞いたことがない。おそらく、猫は集団では飼えないのだろう。
猫山を自由自在に上り下りし、愛嬌を振りまく猫たちの姿を想像し、飼ってはみたものの、けんかはするし、そのために怪我はするし、衰弱はするしで、とても、人に見せられる状態ではなかったのだろう。
猫園を出てから考えた。中国語で鳥を「ニャオ」と読む。だから本当は「ニャオ園」だったんでは………。まさか高度な国際的ダジャレ???
まさか、まさか………。
ともかく、猫のいない猫園なんて、入場無料は当然だ。
我が家の猫山を悠然と歩く猫
電源も抜き、ベランダにほっぽり出したままの超音波式猫撃退器
前回、猫のいない猫園のことを書いたが, こんどは猫サファリについてふれよう。
それは他ならぬ我が家の周辺である。ここにはいつも十数匹の猫が自由奔放に遊んでいる。
近所の方が我が家の横にある畑で毎日猫のえさをやられるので、猫が集まってきて、繁殖しているのである。
我が家は田んぼや畑に囲まれ、道も行き止まりなので、別に塀もなく、開放的にしている。しかも、芝生を貼っているので、猫のいい遊び場になっているのだ。猫の昼寝に絶好な日当たりのよいベランダもあり、猫の大好きな猫山だってある。まさに猫天国である。
猫は嫌いというわけではないが、これだけたくさんいれば困ることもいっぱいある。
4年ほど前、私の長男が見そめた人を家に連れてきた。初対面なので、大あわてで掃除をして、ドキドキして待っていた。
家に上がってもらい、食事をして庭にも出た。親として結婚を認めることになったのだが、こともあろうにそのお嬢さんが、猫の糞をフンじゃったのだ。気の毒やら、申し訳ないやら………。その場は「ウンが付いているんです。ハハハ………」で、取り繕った。相前後して我が息子もフンじゃったので、やっぱり二人にはウンが付いてたんだと思っている。
その後二人は結婚し、かわいい孫もできて、幸せに過ごしているので、この話はハッピーエンドなんだが、そんな話ばかりではない。
ここでは書かないが、困ったことがいっぱいなのだ。
文句の一つも言えばいいのだろうけれど、そこはやっぱり、日本人。言わない方がいいこととしている。
大枚をはたいて、超音波を発する猫撃退器なるものを購入したが、いっこうに効き目がない。
こうなりゃあ、いっそのこと、「猫サファリ」の大看板を出して、入場料でも取ろうかな。猫のいない猫園よりはずっといい。
「運が付く猫サファリです。さあ、お二人でいらっしゃい!!」
………答え、5匹………

近くにはこんな看板もあるのに………。
あれ!なんだか変な日本語。
研修生が水上渡りを楽しんでいるところに反対側から幼い子どもを抱いたお父さんが渡り始めた。
若者だってふらふらして渡りにくい。その不安定さを楽しみに渡っているのに子どもを抱いて渡るとは無茶ではないか。網があるから水面の落ちることはないけど、子どもを取り落とし、その上にお父さんや研修生がのしかかるということは十分考えられる。
危険を察知した研修生たちは速やかに後戻りを始めた。他の客も渡り始めるのをやめた。
中国では一人っ子政策のため、子どもを大切にする。これも、お父さんが子どもを喜ばせるために、したとは思うが、子どもはこれを喜ぶほどには成長していない。単なるお父さんの楽しみにしかならなかった。
無事に渡り終え何事もなかったが、中国人は安全についての意識が薄いと感じることが多い。それとも13臆総雑伎団の素質があるのだろうか。
近くには子どもが水に落ちないようにとの看板もあるのに………。
「えっ!この看板なんだか変だぞ。言いたいことはなんとなく分かるんだけど。」
看好…しっかり見ておく 孩子…子ども
小心…注意する 落水…水に落ちる
この写真を撮るためにだけに買った豆菓子。全然「ちいしく」なかった。

正しい日本語は
「すごくおいしい。そのおいしさがあなたをいざなう。」
だろうか。
上の写真も、公園内の注意看板である。おそらく有能な担当者が一生懸命調べて書いたのだと思う。この遊園地に何人の日本人が訪れるかは分からないが、たとえ、間違っていても、誠意が伝わり、嬉しいものだ。
この街には本物の日本人がもっとたくさん行って、日本語教育をする必要がありそうだ。
一緒に歩いた研修生もこの日本語のおかしさは分かったようだ。
中国ではこの手の間違いは商品の説明などにもよく見かけるものだ。
















































