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tadanooji

Author:tadanooji
忠野小路(ただのおじ);


会社ごっこ、先生ごっこ、政治ごっこ……。
「ごっこ遊び」が終わったら、誰だって [ただのおじさん」。
古い上着を脱ぎ捨てて、自分で歩こう第二の人生。
大きなことはできないけれど、世界のどこかを明るくしたり、ちょっぴり人を元気にしたり………。
そんなことができたらいいなあ。

ただのおじさんが好きな言葉……「思い立つ日が吉日」 「千里の道も一歩から」 「枯れ木も山のにぎわい」
 
まずは、中国で日本語教育ボランティア体験からどうぞ。


>☆お願いです☆
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助け船


助け船


 


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「おいしそうな?????」蝉の幼虫の唐揚げ


 




 




 泰山を下りて、近くの食堂で食事をすることになった。ごく一般の大衆食堂だ。

 楊さんは壁のメニューを示して、「何がいいですか。」と、聞いた。そこで、私はいつものごとく「何でもいいです。」と答えた。

 だいたい中国ではメニューの漢字は分かってもどんな料理が出てくるかは分からない。それで、選びようがないのだ。そこで、楊さんたたみかけるように、「〇〇はどうですか。」と、聞いてきた。「〇〇」のところが、聞き取れなかったが、やっぱりいつものように「いいですよ。中国の料理は何でも好きですから。」と、答えた。


 さらに「飲み物は?」と、来たので、これもいつものように「ビールをお願いします。」と答えた。さらに「ここは、青島に近いから青島ビールがいいですね。新鮮なのが来るかもしれない。」と付け加えた。

 程なく、いつもの「生ぬるビール」が出てきた。つまみを待ちながらちびちび飲んでいると、突然、「蝉の幼虫の唐揚げ」が出てきた。さっきの「〇〇」はこれだったのだ

 「何でも好きです。」と言った以上、これも食べなければならない。それで、できるだけ、味が染み込んでいそうな奴を選んで口にして、おいしそうな顔をした。思ったより、癖がなく、すんなりと食べられた。そして、「おいしいです。」と、言った。

 実際においしくなかったわけではないが、初めてなので、気持ちが悪かっただけだ。それでビールで、流し込むようにして飲み込んで、一息ついた。

 中国人は食事の場で相手においしいかどうかをよく聞く。そのときは「おいしい」と、言わなければならない。聞かれる前に「好吃(ハオチー)」と言うのが一番いいのだが、このときはそのタイミングを逸した。 

 総勢5人、みんなで、つつくからだいぶん減ってきた。私はこのあと行く曲阜(きょくふ)のことを聞いたりして、時間を引き延ばしながらビールを飲んだ。

 でも、そろそろ次の1匹を食べなければならないかなと、思っているとき、次の料理が来た。私にとってはタイミングのいい助け船と、なった。


 結局、食事が終わる頃には蝉の幼虫の料理は全部なくなっていた。私だって次の機会にはおいしく食べられると思う。


 そこで、次に小波さんとここへ来るとき、何食わぬ顔で「〇〇」を注文してみようかと思った。

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聊城(りょうじょう)にて | 10:19:00 | Trackback(0) | Comments(1)
曲阜

曲阜


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曲阜は立派な城壁のある街だ




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城内は人々の生活の場




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生活のにおいあふれる城内の市場




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この街には馬車が似合う




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城壁の外にお堀でも掘るのだろうか、いたるところで工事が進む


 




 




 おいしい「蝉の唐揚げ」の食事のあと、曲阜(きょくふ)へ行くことになった。曲阜は、中国の旅行ガイドブックでは泰山に負けないぐらいスペースを割いてある重要観光地だ。しかし、うかつにも私は中国へ行くまでは曲阜については何も知らなかった。

 曲阜は孔子のふるさとで、さほど大きな街ではないが、孔子や、その子孫にまつわるたくさんの史跡がある。泰山から100?ほど
度南に位置し、目と鼻の距離だ。


  街に入ると、立派な城壁がある。城壁の内側にも外側にも人々が住んでいて、古い史跡と、人々の生活とが混在した中国独特の情緒を感じる。


  人口の5分の1は「孔」姓を名乗り、孔子の子孫であることを誇りにし、この街を愛して住んでいるという。

 現在、いたる所で工事が行われており、きっと、4~5年経てば整然と整った立派な史跡を見ることができるであろう。しかし、聊城の例で分かるように、中国の観光開発は昔の姿を大切にするより、より美しく、より壮大で整然とした施設を作ることに力を注がれる。生活のにおいのする誇り高き街はどうなるのだろうかと、ちょっと心配だ。

 だから、曲阜へ行くなら今行くべきだ。



聊城(りょうじょう)にて | 12:32:53 | Trackback(0) | Comments(1)
孔林

孔林


 


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孔林の入り口


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左右にずらりとおみやげ屋さん


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広大な敷地には一周歩道が巡っている
私は?の孔子墓しか行かなかった


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これはここが魯の国の都だったときの城門だそうだ



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左右に立っている石像は孔子の弟子だそうだ


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奥の饅頭状の盛り土が孔子の墓だそうだ


 




 孔林は孔子および、その一族の墓である。

 孔子を慕う弟子および一族の人たちが次々とここにお墓を作り、その度拡張されて今では200ヘクタールにもなったという。

 門前にはおみやげ屋さんがずらりと並び、日本の門前市によく似ている。

 途中にある門は昔ここが魯の国の都であったときの城壁の門であったという。

 中は10万本以上の樹々に覆われた林になっている。そして、その1本1本にいわれがあるという。たとえば、日本の湯島聖堂から贈られた桜もあるという。

 静かな歩道を奥に行くと孔子のお墓があった。日本でよく見られる円墳のような形をした墓で、この中に孔子が眠っているのだと思うと感動を覚える。

 孔子は紀元前551年から紀元前479年まで生きた人だ。日本ではまだ、縄文時代。文字があったからの話ではあるが、その人の人となりや主張や業績がはっきりと伝わり、墓もはっきりと特定されている。中国の歴史のすごさを感じるのである。

 



聊城(りょうじょう)にて | 10:56:50 | Trackback(0) | Comments(1)
頭なでなで


頭なでなで


  


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歯がよくなりますように!   声がよく出ますように!!
頭がよくなりますように!!! 




 
 孔林を歩いていると、狛犬(狛龍???)らしい像の、顔や腰を真剣になでている人たちを見かけた。

 日本ではお地蔵さんの体の一部を手でさするとその部分の病気がよくなるというのをよく見かける。どうも、中国でも同じような信仰があるらしい。

 上の写真では口をさすっている人がいるが、歯でも痛いのか。

 私もあやかって、頭をなでなでした
私が頭をなでなでしてお願いしたのは「孔子様のように頭がよくなりますように!」ではない。まして、日に日に地肌が見えるようになってくる「頭髪が黒々と生えますように!」と言うことでもない。


 私は、脳ドックなるものは自分のきわめて貧相なスカスカの脳の内部まで見透かされるような気がしてずっと受ける気がしなかった。

 しかし、退職を機に「どうしても」と勧められたので受けたところ、お医者さんに「あなたの脳の血管の老化現象の進行は年齢相応です。」と、言われた。
喜ぶべきか、悲しむべきか。


 でも、私は人並みに脳の血管の病気で、突然倒れる可能性がいつでもありうるという風にとらえた。


 だから、私は狛龍の頭をなでなでしながら、「脳溢血になりませんように脳梗塞になりませんように、アルツハイマーになりませんように!!!」と、願ったのだった。


 



聊城(りょうじょう)にて | 10:55:58 | Trackback(0) | Comments(0)
実験小学校

実験小学校


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立派な門構えの曲阜市実験小学校


 




 




 これは城内にある小学校の正門である。正面に孔子の像が建っている。子どもたちは毎朝、孔子の像に一礼して教室に入る(かどうかは知らないけれど)。

 少なくとも、孔子の里、曲阜の城内に位置する小学校であり、しかも、実験小学校(師範学校の付属小学校のようだ)の門札がかかっているので、少なくとも、この学校の基本理念は孔子の思想を取り入れているに違いない。

 日本も基本的には儒教の思想が存在するが、最近は、随分と、薄れてきた。特に、親の世代が礼節に欠けるために、子どもの世代はメチャクチャである。

 私がよく知る国のうち儒教度をランクづければ韓国、中国、日本の順である。中国ではまだまだ、廃れたものではないので、日本語を教える際にも大変やりやすい


 日本も、西洋民主主義を基本とするべきだが、礼儀、礼節、責任などを重視する必要があると思う。

 もちろんこれも度が過ぎたら問題だが………。



聊城(りょうじょう)にて | 10:56:41 | Trackback(0) | Comments(0)
泗水町

泗水町(しすいまち)


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ここは中国ではない。
熊本県菊池市泗水町なのだ。




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町のシンボルの高楼




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高楼には孔子像が建っており、この街を見渡しておられる。 




  九州は阿蘇外輪山の西麓に泗水町という町があった(最近の合併で菊池市の一部となった)。

 緑豊かでのどかな田園地帯だ。「泗水」とは、日本ではあまり見かけない漢字だし、どんないわれがあるのだろうかと考えたことがあった。


 そしてあるとき、私はその町のマラソン大会に参加した。大会のスタート・ゴールは中国風の建物がある町の広場だった。そこには孔子像があり、この町のシンボルとなっていた。だから、この街は孔子と何か関係があるのだな、という感じを持っていた。また、おそらくこれはふるさと創生基金を利用した施設ではないかと思っていた。

 ところが、今回、曲阜へ行って、現地の地図を見たら、曲阜市の一部に泗水県(県は日本で言えば町や村にあたる)というところがあるのを発見した。曲阜の町を流れている川も泗水川だった。


 中国の泗水県と日本の泗水町はきっと関係があるに違いないと直感し、日本に帰ってからもう一度その公園を訪れた。



聊城(りょうじょう)にて | 10:18:35 | Trackback(0) | Comments(0)
名前の由来(泗水村)

名前の由来(泗水村)


 


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泗水村100年記念孔子公園





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ルーツを探り、泗水県を訪れたときの漢詩




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孔子公園には泗水の名前の由来が書いてあった


 





 菊池市泗水町の公園には町名の由来が書いてあった。要点は次の通り。
  ・ 泗水という町の名前が付けられて100年経ったが、その
   
由来がはっきりしなかった
  ・ 昭和61年町名に関する調査検討委員会が作られた。
  ・ 訪中調査団が結成され、泗水県へ調査に出かけた。
  ・ 現地調査の上、泗水のルーツは山東省曲阜市泗水県に
   あるとの答申
をした。
  ・ 泗水町議会は答申に従い、「『泗水』のルーツは儒学
   の祖、孔子の生誕地であり、中国の聖地の名を取り、
   初代村長が村議会に諮り、郷土の発展を願って明治
   22年4月1日に決定されたものである。」
と決議した。

 


 偶然であったが、泗水町の由来がはっきりした。明治の世となり、初めて、この地が村として成立したとき、深く儒教の研究をしていた初代村長は、高い理想を持って自分のあこがれの地の名前をここにつけたのだ。

 最近の市町村合併では二つの名前を足して2で割ったような名前が多い。


(宮田町+若宮町)÷2=宮若市
これなどは非常に分かりやすいが、町が目指すところのコンセプトが見えてこない。


 町村合併については、泗水村のように、理想を追求し、まちづくりに生かせるようなユニークな名前の付け方も一つの方法であろう。

 ただ、村長は儒教の精神を持って、村づくりの基本としたかったのだろうが、残念ながら、その精神は忘れ去られ、由来さえも、はっきりしなくなっていたのは残念である

 まして、菊池市との合併で、「泗水
町」名さえなくなったのは寂しい気がする。



聊城(りょうじょう)にて | 10:21:03 | Trackback(0) | Comments(2)
旅行計画

旅行計画


 


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上記は私がすでに行ったことのあるところ。
この範囲ならバスで、乗り継ぎして移動できそうだ。


白線は今回見残したところを巡る構想



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どの町にも長距離バスターミナルがある。
聊城汽車総駅と書いてあるが、汽車とはバスのこと。




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長距離バスセンターの中は比較的落ち着いている。


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行き先の方向別に出札口があり、分かりやすい。



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こちらは近郊の町へ行くバスセンターだ。
こちらからは遠くへは行けない。






 


 中国内で旅行するとき、距離で200?ぐらい離れた都市間では必ずバスの便がある。それは網の目のように張り巡らされている。高速道路も結構発達している。高速道路がなくても、日本の道路事情とは随分違うので、速い。要するに、ある程度の土地勘があり、必要最小限の言葉をしゃべれるとリレー式に次の町へ移動できる。

 200?以上だったら、鉄道で移動する方がいい。上の場合、青島から泰安までが200?程度、泰安から曲阜までは70?ぐらいだろうか。ともに、バスで移動するのに都合がいい。


北京や上海などの大都市以外は交通費と食費は日本の10分の1だ。ホテル代は2人で200元(3000円)で、泊まれるはずだ




 泰山や曲阜で、いくつか感動的なものを見る事ができた。しかし、泰安では世界遺産の「泰廟」を見ることができなかったし、泰山に自力で登山道を登ることもできなかった。また、鍵を奉納する仕事も残っている。曲阜でも、世界遺産の「孔廟」や「孔府」を見逃した。時間がなかったからだ。ただ、今回行ったことにより、随分土地勘ができた。中国語で、「〇〇へ行きたい。」など、もうそろそろ言えそうだ。


 そこで、上の写真のような計画で中国へ行くことを考えている。福岡空港から青島へ飛び、あとは泰安へバスで行き、泰山に登ったあと、曲阜へバスで行くコースだ。自力で、中国へ行き、自由に、ゆったりと巡ることができたら何といいことか。



聊城(りょうじょう)にて | 10:18:24 | Trackback(0) | Comments(1)
食堂

食堂


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町のあちこちにある鍋料理屋さん
この記事の内容の食堂とは全く関係ありません。




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熱を加えるからいいとはいうものの、やっぱり食堂は清潔が一番



 泰山、曲阜の帰り、遅くなったので、食事をして帰ることになった。席に着き、注文するものを決めて、楊さんたちはトイレに行った。私たちはテーブルに座って出てきたお茶を飲んでいた。


 すると、戻ってきた楊さんが、運転手の李さんに耳打ちをした。李さんはうなずいて、すぐに席を立った。楊さんは私に、「先生出ます。」と、言って一緒に店を出た

 あとで聞いたら、トイレに行ったときチラッと見た厨房があまりにも不潔だったので、店を変えることにしたのだそうだ。


 私も何度か中国食堂厨房をのぞいて見て、汚いと思ったことはあるが、それでもそれは日本人の基準。
 
中国人もいやがる食堂厨房はどんなものだったんだろう


 







聊城(りょうじょう)にて | 11:06:59 | Trackback(0) | Comments(1)
三色麺

三色麺


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看板にの1文字があればそれは類屋さんだ。




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中国の食堂にしては割と明るく清潔だ。




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おいしそうなきしめん。ところが、よく見ると………。




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きしめんの下から黄色い豆腐と灰色の春雨がぞくぞく


 




 


 



 食堂の看板にの1 文字があれば、それはラーメンなど、類を売っている店だ。

 町の屋さんに入った。
中国にしては明るい。そして、客も多い。壁のメニューには写真があって分かりやすい。それで、の幅が広い名古屋きしめんのような麺を頼んだ。

 ところが、出てきたものを見ると、白いきしめんの他に豆腐で作った黄色い麺と、春雨のような灰色の麺が混じっている。


 中をお箸で、掘り返してみると、結構それらが多いのだ。ひょっとしたら、三色麺とかいうものを頼んだのではないかと思ったくらいだ。メニューにはそんなものはなかったので、ゆで釜の中に残っていた別の麺が混ざり込んだのだろう。

 日本でも、うどんを頼むと、そばの切れ端が1~2本混じっていることはたまにはあるが、三色麺と見まがうようなものはない


 それに、日本ではそばアレルギー対策だろうけど、「うどんとそばは同じ釜でゆでています。」と断り書きをしてあるところが多い。



聊城(りょうじょう)にて | 10:48:02 | Trackback(0) | Comments(0)
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