街方面を望む
湖畔には新しいマンション群が
立派な建物です。
市内には美しい運河が走る
東昌湖の展望台に登った。さすが聊城は水城(水の都)と言われるだけあって東昌湖の水が映える美しい街だ。
周りを見渡すと、あちこちに観光都市としてまちづくりをしている意欲が感じられる。この街は運河の街として名高い。
この運河は街の南にある黄河から450キロ北にある天津や北京間までの交通の大動脈だったと聞いている。この運河の一部は前任地の滄州にも通っていた。
眼下に見える立派な建物はその資料を展示する運河文化博物館だ。
この街に着いたその日に「あれは運河博物館です。」と聞いて大変期待したものだ。ところが、次の言葉は「でも、まだ開館していません。」だった。それで、「いつ開館するのですか。」かと聞いたら「分かりません。」という返事が帰ってきて、2度ガックリしたことを覚えている。だったらこれは博物館ではなく箱物館だ。
中国では何か計画を立てたらまず箱物を作る。これが一般的のようだ。
箱物館(3)
箱物館建設中
まだ、店は入っていない
整備された運河と空の箱物館街(右後方)
聊城は市政府主導で急速に観光都市化されつつある。政策的に目標を持つことは大変結構なことである。観光に伴うおみやげ屋さんや、飲食店なども計画的に作られる。
上の写真は運河のほとりにせっせと作られている建物、でもまだお店は入っていない空っぽの箱物館群だ。ここにお店が入り、人々が行き交うようになれば、壮観であろう。
中国の発展の状況から言えば、その日はきっと来ると思う。中国は今、観光ブームが始まりつつある。
中国の連休のときの万里の長城の様子をテレビで放映していたが、それはそれは尋常ではない。凄まじいばかりの人の波だ。人の川が万里の長城上を流れている(むしろよどんでいる)と言った方がいい。
13億の人々が集中すれば、万里の長城や故宮はパンク状態になることは間違いない。中国国内の旅行ブームはまだ、火がついたばかりで、ごく一部の人しか旅行できないのが現状だ。
ごく近い将来、万里の長城や故宮の見学が我々日本人にとっても時間的に制限付きで許可されることになるのは間違いない。
(もうすぐの話だが、) 国民のすべてが旅行を楽しめるようになったら、きっとこの聊城の空箱にも中身が入り、賑わうときが来るように思う。
来年はオリンピックを期に北京上海間の新幹線も通る。そうすると、北京からも上海からも2時間以内で来られるようになるのだ。聊城はテレビのスポットコマーシャルで、盛んに流している街の一つだ。
箱物館(4)
研修センターの隣の広場に建つモニュメント やっぱり龍だ
広場から東につながる箱物館通り
研修センターは街のほぼ中心地で、すぐ隣は広場になっている。この広場から東に延びる道路は最近開発された地区でヨーロッパ風の立派な建物が並ぶ商店街だ。
だが、ここもあまり店は入っていない箱物館通りだ。公園の入り口には大きな看板を掲げて上島珈琲店(中国の珈は口偏)が入っているが、客足は少ない。この街にはもう1軒上島珈琲店があるが、そちらは大盛況のようだ。きっと先を見越しての出店だろう。
なお、上島珈琲店は北京でも見かけたし、こんな街でも2店舗を保有しているところを見るとで、中国に随分進出しているのだと思う。
衛生都市
いたるところで、衛生都市建設を呼びかけている
衛生都市ではこんな光景は見たくないものだ
この街(聊城)の至る所に看板や横断幕があり、それに「衛生都市(城市)を建設しよう」と、呼びかけている。どうも、これはこの街ばかりではなく、中国の国家的な目標のようだ。とらえ方によると中国の都市はあんまり衛生的ではないというわけだ。
聊城からバスで2時間ほどの泰安出身の研修生と街を歩いているとき、私が今までに教えた会話の例文のパターンの通り、「聊城はきれいな街です。」というと「聊城はきれいな街ではありません。」という。「では、泰安はきれいな街ですか。」と聞くと、「はい、泰安は大変きれいな街です。」と答えた。
教えた会話のパターン通り、「パターン」、「パターン」と、決まって、優等生の会話になった。
ただ、彼の口調から彼が、本気で「泰安は大変きれいな街だ。」と言っていることが私にきちんと伝わってきた。
簡単な会話ではあるが、これは、中国語がほとんどできない私と、日本語を勉強中の彼の日本語による本当に実践的な会話である。
私は今までいくつもの街を見てきた訳でもないが、観光都市をうたう聊城は私が今まで見てきた街よりも随分きれいな街だ。
泰安は中国の名山、泰山を有する街だ。中国はもとより、外国からもたくさんの観光客が訪れる。それで、本当に彼が自信を持って言うように本当にきれいな街なのかもしれない。
私はその後、泰山に登った。そのとき、泰安の街を車で通ったけど、この街の隅々まで、見ることはできなかった。世界文化遺産および自然遺産の泰山を擁する泰安の街はいかにきれいで清潔な街なのか、彼の一言で、もう一度行ってみたいと思うようになった。
私が教えた簡単な会話を用いて研修生と話すとき、ときにピッと感じるものがある。そんなとき、日本語教師をしていてよかったなと思う。
衛生都市(2)
運河が次々に整備されていく
立派な橋だ、もっと詳しく見てみよう
あっ、見てはいけないものを見てしまった。
聊城では観光都市、衛生都市を目指して、まちづくりを進めている。
この街の観光資源である運河も新たな形で整備されている。写真は運河にかけられた新しい橋だ。かっこいい橋なので、別のアングルから撮ろうと下へ降りて行って、ふと、橋桁の中をのぞいたら運悪く大便(大変)なものを見てしまった。はるか彼方のトンネルの出口まで足の踏み場もないぐらいの運河(うんこ)の運河(うんが)だ。
トイレは、すぐ近くにあるのに………。
もっとも、一般の公衆トイレよりもこちらの方がはるかに清潔で、気分良く事を済ませることができるのだろうけど………。
ここは観光都市ではなかったか、衛生都市ではなかったか、思わず、考えさせられた。
運河の整備
整備された運河にかかる橋
この橋はちょっと立派すぎるのでは??
運河の整備と周辺整備(市政府公報パネル)
工事前はゴミ捨て場?(市政府公報パネル)
たとえ反対があっても(市政府公報パネル)
遊覧船は観光の目玉 船内では宴会も
聊城は運河の街だ。市では使われなくなって埋まりつつある運河を掘り起こして整備をしている。ときには住民の反対も押し切り、強力に市の掲げた目標に向かって推進している。
おかげで、大変きれいな運河ができつつある。東昌湖から運河を通る観光船も出て、賑わっている。大変美しい光景だ。
ただ、私は建設されているこの運河はあまりにも立派すぎるのではないかと思う。昔の運河の復元ではなくて、昔より立派な運河を造っているように思う。
このあたりの事情についてはすでに建物が完成している運河文化箱物館(失礼、博物館でした)の展示で説明があると思うので、期待している。ただ、「いつのことやら………、」というのがいかにも大陸的だ。
運河の目的が、いまは交通・運輸、水利ではなくて、もっぱら観光なので仕方がないとはいえ、部分的にも昔の運河の復元を残しておいた方がいいのではないかと思う。
運河の水はどこから
徒駭川は日本にもあるような静かな川だ。
(堰があるので流れがゆるやか)
初めてこの街へ来て、東昌湖と運河を見たとき、私は案内の人に「この水はどこから来ているのですか。黄河ではありませんか。」と聞いてみた。そうしたら「違う。」と、いう。「ナントカ川から引いています。」という。ナントカ川とは今から思えば徒駭川のことだ。
私は疑問に思った。なぜならこの運河は中国の南北をつなぐ交通の大動脈であって、黄河の水を利用していたと聞いたことがあるような気がしていたからだ。でも、地元の人が言うならそれが本当だろうと思いつつ、やっぱり、疑問は治まらなかった。
それで、もう一回聊城出身の研修生に同じ質問をしてみた。そしたら、やっぱり答えは「徒駭川から引いている。」だった。これで、決定的だ。私には黄河から水を引いているのならばもっと黄河色(泥色)をしているはずだ、そんな自信のない疑問もわいてきた。
徒駭川は市街地のすぐ南を流れている。そこへ見に行けば分かるはずだ。そこで、ある日の午後、早速見に行くことにした。
徒駭川はちょっと大きめだが日本のどこにでもあるような普通の川だ。川の水は明らかに黄河の水とは違い、黄色ではない。
だから、聊城の運河の水は残念ながら、二人の中国人が言った通り、徒駭川から引いたとするのは不自然ではない。
黄河の水は黄色い
黄河を渡る。 川幅はさほど広くないが、水量は豊富だ。
まさしく黄色い河だ
渤海湾に注いだ黄河は海を黄色く染めていく

泥水は魚たちのいい隠れ家となる。
渤海湾は中国でのいい漁場となっている。
中国で2番目の大河、黄河を一度見たいと思っていた。ところが、中国の名山、泰山に行ったとき、黄河を渡る機会を得た。
黄河は山西・陜西の黄土地帯を南下するとき両岸の支流から運び出される多量の黄土を含み、水の色は黄色になる。私は実際に黄河を見るまでは中国で一番の長江と似たような川だと思っていたら、全く様相が違っていた。
長江はいくつもの湖をつなぎ、あくまでもゆったりと平野を流れ下る。場所によっては川幅は何十キロにもおよび、まるで、海のようなところがある。ところが、黄河は広くても500メートルぐらいであろう。そして、流れはすこぶる速く、水量もかなり多い。
黄河は現在は渤海湾に注いでおり、その堆積物によって、その河口では毎年、数百メートルずつ陸地が伸びているという。 渤海湾はそのうちに黄河の堆積物によって埋まるのではないかと思う。
私は聊城の運河の水はこの黄河の豊富な水の流れから引いているものと思っていた。しかし、2人の中国人に聞いたところそれは違うという。
「黄河色運河」が徒駭川を渡る
徒駭川の本流には堰の上流で徒駭川色運河が合流する
黄河色運河は徒駭川に合流せず、太いパイプで徒駭川を渡る。
川を渡った黄河色運河は図の上方の聊城方面へ流れていく

徒駭川に造られた堰
20キロ南の黄河から引いてこられたと思われる黄河色運河
黄河色運河はいったん水門でせき止められる
黄河色運河の水はパイプで徒駭川を渡る
漏れた水で徒駭川が濁っている
徒駭川を渡った黄河色運河は聊城の街方向へ流れる
私は聊城の運河の水の取水口を調べるべく、徒駭川に沿って歩いた。そして、そこで思いがけないものを発見した。
徒駭川には堰があり、そこに、二つの運河が集まってきていた。一つは徒駭川と同じような水の色をした運河、(仮に徒駭川色運河と呼ぶ)、もう一つはまさしく黄河の水の色をした運河(仮に黄河色運河と呼ぶ)だ。そして徒駭川色運河は堰の上流で徒駭川に合流する。
しかし、驚いたことに黄河色運河は徒駭川に合流するのではなく堰の上を3本の大きなパイプで、向こう岸(聊城の運河方面)に渡してあるのだ。そして、河を渡った黄河色運河の水はまた運河となって、少し右に曲がりながら聊城の街方面へとうとうと流れている。
いったい何のため????
そこで、やっぱり、聊城の運河は黄河の水を引いているという私の思いが一気に高まった。
あの二人の中国人が「聊城の運河は徒駭川から引いている」と言ったのは間違っているということを「百聞は一見に如かず」という言葉とともに教えてやろうと、ワクワクしながら更に探訪を続けた。
- 運河探訪
- 徒駭川を渡った黄河色運河に沿って聊城の街方面へ
- あの二人の中国人は本当のことを知らないのだ。「百聞は一見にしかず。事実を見てきた私が正しいことを教えてやろう。」と、ワクワクしながら聊城の街の方面に向かう黄河色運河に沿って歩いていった。
- でも、この強烈な泥水はいったい「どうやって街なかの東昌湖や聊城の運河のようにきれいになるのだろうか」などと考えながら進んだ。 地図を見ると、この黄河色運河が聊城市内の運河に至る前に沈殿池というのがあるので、そこで、沈殿させるのだろうと、考えた。
- ほどなく、黄河色運河は右に折れ曲がり、左岸に水門が見えてきた。「あっ、あれがこの運河から沈殿池に水を取り入れる水門だ。」と、近づいた。 ところが、その水門は閉まっていて、漏れた水が、少したれている程度だった。
- そこで、この水門は必要なときだけ開けて、必要な分だけ取り入れ、沈殿池で処理したあと、聊城市内の運河に流すのだと自分を納得させて沈殿池の方へ降りていった。
- 沈殿池は平均しては幅300メートル、長さ1.5キロぐらいだった。水は徒駭川と同じ程度きれいであった。沈殿池は広いといえば広いが、あの黄河色の泥水を一度見た者ならこの程度の沈殿池できれいにできるかは疑問に思うだろう。でも、「黄河の水も沈殿させるとこんなにきれいになるのだ」と、またもや自分を納得させて沈殿湖に沿って街の方向へ歩いていった。でも、「東昌湖や運河は漏水もするし、蒸発もするだろうけど、このくらいの水の量で大丈夫なのだろうか」、やっぱり、そんな思いもわいてくる。
- ところがそこで、思いがけないものを発見した。/span>






































